7月25日に、父が旅立ってしまいました。
急に、あっけなく。
元気ハツラツではなかったけれど、やる気が無いなりにどうにか家で過ごせていたし、このままずっといてくれるものだと思っていたので、いまだになんだか不思議な気分です。
遺影にする写真を探していた時に、父の高校の卒業アルバムが出てきて、最後のページに父が書いたメッセージとイラストがありました。
山ハ決シテ高クナイ
他ノモノガヒクイノデアル
何トカスレバ
何トカナルモノデアル
好きなだけお酒飲んでタバコを吸って、色々面倒な事はほったらかしだし、もーどうするのよってしょっちゅう思っていたけど、結局のところ何とかなったね。
トーサンの全部、お姉ちゃんとしっかり受け継いだからね!
急に、あっけなく。
元気ハツラツではなかったけれど、やる気が無いなりにどうにか家で過ごせていたし、このままずっといてくれるものだと思っていたので、いまだになんだか不思議な気分です。
遺影にする写真を探していた時に、父の高校の卒業アルバムが出てきて、最後のページに父が書いたメッセージとイラストがありました。
山ハ決シテ高クナイ
他ノモノガヒクイノデアル
何トカスレバ
何トカナルモノデアル
好きなだけお酒飲んでタバコを吸って、色々面倒な事はほったらかしだし、もーどうするのよってしょっちゅう思っていたけど、結局のところ何とかなったね。
トーサンの全部、お姉ちゃんとしっかり受け継いだからね!
先月の15日、「今日は『女子会ランチ』に行く」と張り切っていた母の所に、町から『敬老の日のお食事会』のお誘いの通知が来て、ガックリきていました。私的には面白かったのですけども。
しかし、まだまだ若い気持ちを持っているのだなと、ちょっと安心だったりします。

実家に昔からあった古い時計は、昔むかしおじいちゃんが使っていた時計だということは知っていたけれど、なんとおじいちゃんの手作りだったそうだ。
全長60cm以上はある大きな時計なので、驚いた。
そのおじいちゃんのお兄さんは、浅草に住んでいて浅草寺の宮大工をしていたそうだ。
わたしがほんとうにまだ小さい頃、遊びに来てくれていた時の事を思い出すと、そういえば確かに下町の江戸っ子みたいだった。
おじいちゃんのお兄さん夫婦には子供さんがおらず、おじいちゃん側の親戚ともずいぶん疎遠になってしまったので、今浅草の家がどうなっているのかはわからない。
もっと早く、おばあちゃんが生きていた頃知りたかったなぁ。
そしたら、おばあちゃんから色々聞けたのになぁ。
浅草にも遊びに行けたかもしれないのになぁ。
残念だけど、ものづくりをする人の血が、うっすらでも混ざっていることがわかった事がちょっと嬉しい。

うまく写真に撮れなかったのですが、時計の上部とガラスの周りにはお花が彫られています。
この時計は長い間動かなくなっていたものの、昨年父が修理に出して今は実家でちゃんと動いています。
さやえんどうのヘタを取っていたら、おばあちゃんがリズミカルにさやえんどうのヘタを取っていたのを思い出した。
ああやって、いつも一生懸命ご飯の準備してくれていたなぁ。

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